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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2935号 判決 1984年7月12日

原告

鈴木宏太郎

被告

林酒造株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二七一八万二〇八九円及びこれに対する昭和五八年六月一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金三六四〇万〇三三一円及びこれに対する昭和五八年六月一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年六月一日午後七時四〇分ころ

(二) 場所 岐阜県可児市柿下四七番地の一先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(岐阜五八す五〇四三)

右運転者 被告林克彦(以下「被告克彦」という。)

(四) 事故態様 被告克彦は、加害車両を運転して本件事故現場道路を走行中、道路左側の歩行者用道路を同方向に歩行していた訴外亡鈴木李春(以下「亡李春」という。)及び訴外亡鈴木ふみ(以下「亡ふみ」という。)夫婦をはね飛ばし、その結果、亡李春は頭蓋骨々折により、また亡ふみは頸骨々折により、それぞれ即死した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告林酒造株式会社(以下「被告会社」という。)は、加害車両の所有者で、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条の規定に基づき、また、被告克彦は、加害車両を運転中、前方不注視の過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条の規定に基づき、いずれも、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 葬儀関係費

(1) 葬式代及び弔問客接待費等 金一〇五万五六一〇円

(2) 位牌代 金二万四六〇〇円

(3) 死亡診断書料 金六〇〇〇円

(4) 雑費(謄本等請求費用) 金五〇〇〇円

後記のとおり子である原告は、亡李春及び亡ふみの葬儀関係費として、右費用を負担のうえ支出した。

(二) 慰藉料

本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、亡李春は金一八〇〇万円、亡ふみは金一四〇〇万円が相当である。

(三) 原告の身分関係及び相続

原告は、亡李春及び亡ふみ夫婦の養子であり、他に同人らの相続人は存しないから、原告は、右両名の前記(二)の損害賠償請求権を相続取得した。

(四) 弁護士費用

被告らは、前記損害賠償額の任意支払に応じないで、原告は、やむなく原告訴訟代理人に本訴の提起追行を委任したが、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金三三〇万九一二一円である。

(五) 以上、(一)、(二)、(四)の損害額を合計すると金三六四〇万〇三三一円となる。

4  よつて、原告は、被告らに対し、各自金三六四〇万〇三三一円及びこれに対する本件事故発生日である昭和五八年六月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実中、(四)の「亡李春らが歩行者用道路を歩行中であつた」との点は否認し、その余の事実は認める。

同2の事実は認める。

同3の事実中、(一)の各事実は認め、(二)は争う。原告は亡李春夫婦と二〇数年間にわたり別居しており原告において同人らの世話をしていたものでもなく、戸籍上の養子というにすぎないのであつて、慰藉料額の算定については、右事情を斟酌すべきである。(三)の相続関係事実は認めるが金額は争う。(四)の金額は争う。

三  抗弁(過失相殺)

本件道路は、車道幅員が片側約三メートルで、その両側に幅員約一・二メートルの歩行者用道路があるが、亡李春らは、夜間、照明設備もなく暗い本件道路上を懐中電燈も携帯せず、右車道部分の中央に進出して、犬を連れ散歩していたもので、右両名にも、本件事故の発生につき重大な不注意があるから、少なくとも四割の過失相殺をすべきである。

四  過失相殺の抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(四)の亡李春及び亡ふみが歩行者用道路を歩行中であつたか否かの点を除く事実、及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  事故態様及び過失相殺の抗弁について判断する。

いずれも成立に争いがない甲第一二号証の一、第一五、第一六、第二一号証、乙第一号証によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故現場道路は、柿下交差点方面(南)から御嵩方面(北)に向かう幅員約八・四メートル、片側一車線(幅員約三メートル)で、左右両側に幅員約一・二メートルの路側帯が設けられてあるアスフアルト舗装の平担な直線道路で、見とおしは良好で、道路両側には田畑が続き、交通は閑散であつて最高速度の規制はなされていない。道路の照明設備はなく、夜間は相当暗い状況となつている。

2  被告克彦は、加害車両を運転して柿下交差点方面から御嵩方面に向け、時速約六〇キロメートルで前照燈を減光(照射距離約三二メートル)にしたまま進行し、本件事故現場にさしかかつたが、交通閑散なのに気を許し、ルームミラーで後方の脇見をしていて前方注視を全く怠つたことにより、亡李春及び亡ふみが自車の前方を犬を連れて歩行中であつたのに気づかず、自車前部を同人らに衝突させ、その衝撃で初めて事故の発生を知り急制動の措置をとつて右衝突地点から約四六メートル先に停車した。

3  亡李春及び亡ふみは、事故現場道路を、加害車両と同方向に、飼犬を連れて散歩中で路側帯からやや車道部分に進出して(その進出した距離は明確ではないが、高々路側帯線から約一・七メートル車道寄りである。)歩行していたところ、前記のとおり加害車両に後方から衝突された。なお、同人らは懐中電燈等を携帯していなかつた。

以上の事実からすれば、被告克彦には前方不注視の著しい過失が認められるが、他方亡李春らにも夜間暗い道路上で車道部分に進出して歩行していた不注意があり、これら事情を考慮すると、亡李春及び亡ふみの過失相殺率は、いずれも一〇パーセントと認めるのが相当である。

三  損害について

1  葬儀関係費 金一〇九万一二一〇円

亡李春及び亡ふみの葬儀関係費として、その子である原告が、主張のとおり合計金一〇九万一二一〇円を負担のうえ支出したことは当事者間に争いがなく、右金員を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

2  慰藉料 亡李春及び亡ふみにつき各金一四〇〇万円

いずれも成立に争いがない甲第三、第一三号証、乙第二、第三号証によれば、亡李春(明治三二年五月二八日生れ、事故当時八四歳の男子)及び亡ふみ(明治三九年九月一六日生れ、事故当時七六歳の女子)は、二人暮しの夫婦で、両名とも年齢の割には健康で、亡李春は、定職はないものの自転車に乗つてその居住する柿下部落内で新聞配達の仕事に従事し何がしかの収入を得ていたほか、山芋掘り等にも出掛けることがあり、亡ふみは、家事をする傍ら畑作業にも従事していたこと。他方、原告は、小学生のころ右夫婦の養子となつたが、高校を卒業後は東京に出て居を構え、年二、三回の割合で右夫婦のもとに帰省する程度であつたことが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。右各事情、特に本件においては、亡李春及び亡ふみの死亡による逸失利益の請求(亡李春の新聞配達による所得の喪失は算定が不可能であるが、亡ふみの家事労働の逸失利益はこれが可能である。)はされていないこと、その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故による亡李春らが被つた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、亡李春及び亡ふみにつき、各金一四〇〇万円と認めるのが相当である。

3  相続

原告が亡李春及び亡ふみ夫婦の養子であり、他に同人らの相続人が存しないことは当事者間に争いがない。したがつて、原告は、前記2の同人らの損害賠償請求権を相続取得したことになる。

4  過失相殺

前記1及び2の損害額を合計すると金二九〇九万一二一〇円となるところ、これから一〇パーセントの過失相殺をすると、金二六一八万二〇八九円となる。

5  弁護士費用 金一〇〇万円

本件事案の内容、難易、審理経過、認容額等の諸事情に鑑みれば、本件事故と相当因果関係にある損害としては、金一〇〇万円が相当である。

四  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、各自、金二七一八万二〇八九円及びこれに対する本件事故の発生した日である昭和五八年六月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

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